児童教育学科

 

先輩の声

私の将来の夢

小学校教諭

O.Y.さん 家政学部 児童教育学科 4年 [私立春日部共栄高校出身]

学生と先生の距離が近いので悩み事も気軽に相談できます

私の将来の夢は、小学校教諭になることです。生まれ育った埼玉で、未来を担う子どもたちを育てたいと思っています。家政大学に進学した理由は、小学校教諭1種のほかさまざまな資格を取得できること、また、埼玉教員養成セミナーに参加している大学であることも魅力でした。大学で教科教育や教育法規、学級経営などを学ぶかたわら、小学校でのボランティアを通して教育現場の様子を肌で感じ、たくさんのことを吸収しています。家政大学は、夢に向かって本気でがんばる人を全力でバックアップしてくれます。先生と学生の距離も近く、とくにゼミは家族のように仲が良く、お互いに刺激を受けながら学ぶことができます。卒業後は、優しさと厳しさを兼ね備え、児童をはじめ保護者、そして地域の皆さんからも愛される教師になりたいです。

【私の好きな授業】自然体験活動実習

この授業の一番の思い出は、夏休みに3泊4日で行った実習です。4日間の大まかな計画は決まっていますが、内容や食事など詳細は学生が主体的に計画します。初めてのキャンプ、ふだんあまり話したことのない仲間との共同生活に最初は苦労し、不安とストレスを感じました。しかし、インストラクターの先生の働きかけをきっかけに仲間とのコミュニケーションに変化が生まれ、そこからどんどん「楽しい!」という気持ちがふくらんでいきました。キャンプの知識だけでなく、人間的にも成長できたことは、私の大きな糧になりました。

先輩からの応援メッセージ

努力は自分の力となり、その後の自分を支えてくれる

受験勉強は大変だし辛いですが、努力は絶対に自分の力になります!そして、その力は大学生になっても、その後社会人になっても自分を支えてくれるはず。諦めずに頑張れ!!家政大学で待っています!

(児童教育学科4年 O.Y.さん)


夢を実現するための勉強は、とても楽しいです

受験勉強は大変ですが、大学入学後、自分の興味・関心のある学問を学んだり、将来の夢を実現するために勉強することはとても楽しいです。家政大学は学生の雰囲気も落ち着いていて、とても過ごしやすいですよ。自分の将来の夢に近づくために、最後まで全力で頑張ってください!

(児童教育学科卒業 I.S.さん)


大学で多くの人と関わり、色々なことに挑戦してください

大学4年間は、本当にあっという間です。同時に、たくさんの人と関わり、今までやったことのなかったものに挑戦し、見聞を広げることもできます。受験勉強を乗り越えて家政大学に入学したら、悔いのないよう勉強も遊びも目一杯取り組んでください!

(児童教育学科卒業 F.K.さん)

教員採用試験に合格した先輩たち

家政大学の卒業生には、教員採用試験という難関を突破し、夢をつかんだ先輩がたくさんいます。「勉強の方法は?」「合格のコツは?」「心構えは?」など、知りたいことを、先輩たちの話から学んでください。

児童教育学科 卒業 私立埼玉栄高校出身

埼玉県 公立小学校 F.K.さん

採用試験についての疑問点をすぐ解決できる環境のおかげで合格することができました。


教員採用試験に合格できたのは、試験対策が充実していたのはもちろん、勉強面でも精神面でも支えてくださった先生方の存在が大きかったです。指導案の作成や採用試験の勉強をしていると、行き詰まってしまうことも多かったのですが、学生と先生との距離がとても近く、すぐ悩みを打ち明けたり、わからないところを質問できたりするので、安心して勉強に打ち込むことができました。埼玉教員養成セミナーを受講したのも、合格の大きな決め手になったと思います。大学の課題や実習と並行して、2回ある選抜試験の勉強に取り組み、10カ月間、講義や演習を受講したり、小学校での実習を行ったりするのは思いのほか大変でした。でも、「先生になる」という同じ目標を持った児童教育学科の仲間ががんばっている姿を見て、モチベーションを維持することができました。家政大学の先生方や仲間は、私の大きな宝物です。

先輩が教える!教員採用試験合格のポイント

  • ボランティアなどを通してさまざまな経験をしておくと自分自身の自信につながる。
  • 面接で自分の良さをわかってもらうためにも、まずは自分自身のことをよく知っておくことが大切。
  • 勉強以外でもニュースや新聞などをよく見て、あらゆる分野に興味をもっておく。
  • 受験する県のホームページをよく見ておく。
  • 「教員採用試験対策講座の参考書」「教職教養ラクラク参考書」など、役立つ参考書を利用する。

夢をかなえた先輩たち

児童教育学科 卒業

小学校教論 A.M.さん

悩み、ときには壁にぶつかりながらも、それを乗り越え、教師として自分を高め成長し続けていきたい

実習先の校長先生の言葉が私の背中を押してくれた

私が教師になりたいと思ったのは、「人間として自立した人」になりたいと考えていたからです。両親が教師という家庭に育ったことも影響しているかもしれません。教師になることだけを考えて家政大学へ進学しましたが、反面、教師という仕事が本当に自分に向いているのかという疑問を常に抱えていました。自分で決めた進路に確信を持てずに勉強を続ける状況に「このままではいけない」という思いを強くし、迷いを吹っ切ろうと3年次から「かながわティーチャーズカレッジ」にも参加して勉強しました。そんな私でしたが、最後の最後に教師の道を選ぶことにしたのは、4年次の教育実習で小学校の校長先生からいただいた言葉が決め手になりました。「やってみたいと思っているなら、まずやってみなさい」という言葉に、迷いが取れ、背中を押された気がして、前へ踏み出すことができました。その校長先生は、偶然にも今私が勤務する小学校の校長を務められています。

運動会で演じたエイサー踊りを地域の皆さんにも披露

赴任2年目には、4年生を担任しました。私の話に児童は素直に反応してくれて、授業をするのが楽しい日々でした。夏休みから教材研究をして臨んだ研究授業では、子どもたちの良いところを引き出すことができた授業展開で、私自身も納得のいくものとなりました。この授業が成功したのは、4月から子ども一人ひとりとじっくり向きあい、それぞれの性格を知ったうえで教材研究をし、個性に合わせたアプローチができたからだと思います。行事では、運動会の4年生の演目だった沖縄の伝統芸能「エイサー」の振り付けを考えて指導しました。練習のとき、朝礼台に立って4年生全員に教えていた瞬間、「これが私のやりたかったことだ」、と実感しました。運動会当日、朝礼台の上から児童たちの成長を目の当たりにして、こみ上げてくるものがありました。運動会の後には、地域連携活動の一環として地域のお祭りに参加し、エイサーを披露しました。地域の方々は子どもたちを温かく応援してくださり、その様子を見てふっと気持ちが軽くなったのを覚えています。それまでの私は、「教師である私がこの子たちを育てなくては」という気持ちが強く、がんばりすぎていたのかもしれません。子どもたちは、学校だけでなく地域の方など多くの人たちに支えられ、長い時間をかけて育っていくのだ、ということがわかりました。同時にまた私自身も、多くの方々の支援があって教師という仕事をしていることを実感しました。

英語教員免許を生かし市の英語教育活動に参加

こうした日常の活動のほか、英語教育にも取り組んでいます。私は大学時代、人文学部英語コミュニケーション学科の授業も履修して、英語教員の免許も取得しました。英語が好きだったこともありますが、教育現場で英語教育の必要性が高まっていると感じていたからです。現在は大和市の小学校外国語活動担当者会で、外国語活動指導助手(ALT)のスケジュール調整や教材管理、授業内容の相談などを行っています。いつか、高学年の担任となったときには英語の授業が自分でできるようになりたいので、私自身も英語の勉強は続けています。教師としてのキャリアはまだ浅く、今でも、ふとした瞬間に自分は教師に向いているのかと考えてしまうこともあります。けれども、これまでの自分を振り返ってみると、人生の分岐点で、「なりたい自分」に向かって壁を乗り越えてこられたという自負があります。これからも、結婚や出産などさまざまなライフステージに立つたびに、新しい目標や課題を見つけ、それを乗り越えるために自分を高めていきたいと思っています。

取得した取得資格

  • 小学校教諭1種
  • 中学校教諭2種(英語)
  • 学校図書館司書教諭

児童教育学科 卒業

小学校教論 K.Y.さん

「できない」とあきらめずに続けた努力の積み重ねが、私を成長させた。支えてくれた先生や友人に感謝です。

できない運動を克服してわかった子どもの気持ち

家政大学の授業でとくに印象に残っているのは、木村博人先生の「体育科教育法」です。この授業は、小学校の体育で行う基本的な技能を身につけないと、単位を取得できません。私は、逆上がりと側転ができず、昼休みや授業後に練習しましたが、なかなかできるようになりませんでした。練習にはいつも友だちがつきあってくれて、ときには木村先生も、昼休みにもかかわらず指導してくださいました。もうだめかと思いましたが、後期が終了する直前、やっと合格することができました。この1年間、すごく練習して悔しい思いもしました。だから教師となったいま、運動が苦手な児童の気持ちがとても良くわかりますし、体育以外の授業でも、できない子どもの気持ちを考えながら進めるようにしています。

子どもと一緒に動きまわり声をかけ耳を傾ける

赴任東京都の公立小学校教師になると、教科ごとに設けられている専門部会に所属して、その教科の指導方法を研究します。どの教科にしようか悩みましたが、私は体育部会に入りました。学生時代に逆上がりや側転ができなかった私だからこそ、体育の指導方法を学ぼうと考えたからです。貝取小学校へ赴任して2年目の昨年は、体育部会から委託されて、2年生の体育で「ボンバーゲーム」が有効かどうかを検証しました。「ボンバーゲーム」は、バレーボールのようなネット型のゲームを行う前の身体の動きとして、低学年に有効な活動ではないかと考え出された新しいゲームです。担任するクラスの授業では、ルールや役割分担の説明を書いてボードに掲示し、その後は実際に競技をするなかで児童が考えた作戦や気づいたことも書き加えていきました。このような授業の進め方は、体育部会で学んだことです。教室での授業では、子どものちょっとしたつぶやきも聞き逃すことはないのですが、体育では子どもたちが常に動いているので、むずかしいと感じます。それでも私は、できる限り子どもの気持ちと一緒になって活動したいので、子どもに負けずに校庭や体育館を動きまわり、一人ひとりに声をかけるようにしています。授業中、子どもたちの楽しそうな笑顔を見ると、私もうれしくなります。できなかったことができるようになったとき、子どもと一緒に喜べることが、教師になって良かったと思う瞬間です。

オリンピック・パラリンピック教育の主任として

また、昨年度から「オリンピック・パラリンピック教育」が始まり、私はオリンピック・パラリンピック教育の主任として、学校独自のカリキュラムの立案などを担当しています。この仕事で役立ったのが、大学時代の学び、そして先生との絆です。私は半澤嘉博先生のゼミナールで特別支援教育について研究しました。教員採用試験の直前まで特別支援学校の教師になろうかと悩んだほど興味があった分野で、勉強にも打ち込みました。このご縁で半澤先生にご助力いただき、パラリンピックの選手たちを学校へ招いて講演していただくことができました。選手たちの技術を目の当たりにしたときの子どもたちの目の輝きを、忘れることができません。まだ手探りで進めている段階ですが、この教育が、子どもたちがお互いを理解し、思いやる人に育っていく一助となればうれしいです。体育に限らず、これまでの人生のなかだけでも、自分の思い通りにいかないことがありました。それでも、「できた」ことより「できなかった」ことの方が、私の原動力になっています。できないからとあきらめずに続けた努力の積み重ねが、私を成長させたと思うからです。大学時代、ずっと私を支えてくれた先生方や友人たちには、心から感謝しています。

取得した取得資格

  • 小学校教諭1種
  • 学校図書館司書教諭