社会デザイン学環

社会デザインの現場から vol.01

 

社会デザインの現場から vol.01

vol.1

絵本の力を、まちづくりに。

板橋区 政策経営部 創造都市デザイン課 高木翔平課長/安川史章さん インタビュー

2026年4月に開設された社会デザイン学環が目指すのは、手を動かしながら発想し、社会の課題解決を主導できる人を育てること。企業や自治体と連携して課題に取り組むプロジェクト学習など、多彩なカリキュラムをご用意しています。
今回は、ワークショップの開催などを通じて共創する、「絵本のまち」板橋区の創造都市デザイン課・高木翔平課長と安川史章さんに、絵本とデザインの力で進めるまちづくりと、学生への期待をお聞きしました。

(写真左・安川史章さん 写真右・高木翔平課長)

プロフィール

板橋区 政策経営部 創造都市デザイン課。2026年4月、ブランド戦略担当課を引き継ぐ形で新設。「絵本のまち板橋」を軸に、絵本やデザインの創造性を生かした「創造都市」としてのまちづくりを推進する。同年1月に区が掲げた「いたばし創造都市宣言」のキャッチコピーは『みんなに かけ橋』。高木課長は課全体の統括を、安川さんは実務を担当。

絵本のまちから、創造都市へ

Q. 板橋区がいま、まちづくりで特に力を入れていることは?

高木課長 絵本とデザインの力を、まちづくりに生かしていくことです。

板橋区はこれまで「絵本のまち板橋」をブランド戦略として進めてきましたが、2026年1月、それを軸とする「いたばし創造都市宣言」を行いました。現在は、国際的な創造都市のネットワークである「ユネスコ創造都市ネットワーク」へのデザイン分野での加盟を目指しています。

今年度は、子どもたちが世界的に著名な指導者の指導を受けて合唱・演劇・ダンスを披露する公演(5月)や、絵本とデザインの力を地域課題の解決につなげる区内全域対象の初イベント「いたばし絵本とデザインフェスティバル」(夏)を開催。板橋駅西口の再開発ビルには、創造的な活動の発信拠点「クリエイティブセンター」を設ける準備を進めています。

Q. なぜ「絵本」が、まちづくりの軸になったのですか?

高木課長 原点は、1981年より板橋区立美術館で開催している「イタリア・ボローニャ国際絵本原画展」です。それを機にイタリア・ボローニャ市との交流が始まり、40年以上にわたって板橋でも絵本の文化が育まれてきました。それが、区のブランド戦略へとつながったのです。

安川さん 板橋は印刷製本業が盛んで、国内トップクラスの「絵本を作っているまち」でもあります。そうした文化的な土壌も、まちづくりへと生かすという流れへとつながりました。

Q. 「創造都市」とは、どんなまちのことですか?

高木課長 創造性を、まちの力にしていく都市のことです。芸術や文化、デザインといった創造性を生かして新しい価値を生み出したり、地域課題を解決したりしながら、持続可能な社会を目指していく。幅広い考え方のある言葉ですが、板橋の場合は「まちづくりや都市問題の解決に創造性を生かす」ことを明確にしています。

つなぎ、調整する——創造都市デザイン課のリアル

Q. 創造都市デザイン課とは、どんな部署ですか?

高木課長 創造都市としてのまちづくりの「調整役」です。創造都市は行政だけで進められるものではありません。企業、大学、住民、クリエイター——多様な方々が主体となって強みを持ち寄り、協働しながら新しい価値を生み出していく。その連携と調整をするのが、私たちの仕事です。

Q. お二人は、普段どんなお仕事を?

高木課長 私が力を注いでいるのは、絵本とデザインの力を社会課題につなげる取り組みを、学術的な根拠をもって進めるための国際的な研究会議の立ち上げです。8月1日の第1回に向けて、ユネスコ創造都市であるインドネシア・バンドン市や、国内の大学の先生方と調整を進めてきました。

安川さん 私のメインの仕事は、ユネスコの加盟申請書を作ることです。
もうひとつは、現場でいろんな関係者の方々とつながることです。関係者のみなさんの想いや事情を尊重し、調整する仕事なんです。美術館や、100か国の絵本が揃う「いたばしボローニャ絵本館」など、絵本のまちの現場は区全体に広がっています。

Q. お仕事で、大事にしていることはなんですか?

高木課長 「絵本を道具にしている」と誤解されないように気をつけています。これまで育んできた、絵本そのものを大切にする文化を尊重しながら、絵本やデザインの持つ寛容さや、つながりを育む力を生かしていく。そこが誤解なく伝わるようにしたいと思っています。

絵本のデザインを、社会のデザインへ

Q. 東京家政大学とは、以前からつながりがあったそうですね。

安川さん 2016年には板橋区と東京家政大学が連携し、教育・学術研究の発展及び活力ある地域社会の形成に寄与することを目的とする包括協定も結んでいますが、それ以前から様々な取り組みを続けてきました。

社会デザイン学環の尾崎先生は、様々な取り組みを一緒に行ってきましたし、区の創造都市の考え方を作った有識者会議の委員でもあります。先日も授業に伺って、TOKYO SOCIAL DESIGNさんと一緒に授業を担当させていただきました。

Q. 「社会デザイン学環」という名前を聞いたとき、どう感じましたか?

安川さん 私たちが志向しているのは、絵本そのもののデザインから発展して、まちづくりにデザインの考え方を生かしていくこと。それはもう、まさにソーシャルデザイン、社会デザインなんです。だから「社会デザイン」という名前を聞いたときは、自分たちのやってきたことと重なって、深く共感しました。

Q. 先日は「あなたのためにつくる絵本ワークショップ」に学生が参加させてもらいました。

安川さん 絵本づくりには、話の展開やページのめくり方など、さまざまなデザイン的な考え方が潜んでいます。それを形にしたものがこのワークショップです。「相手のために絵本を作って、プレゼントする」という内容です。

ペアになって3分×2回の対話で相手を深掘りし、「相手の心の中にある本当に大切なもの」を自分で考えます。その後、それをストーリーにして、絵本の形にするんです。短い時間で作るので完成度は求めませんが、「その人へプレゼントしたい」という気持ちを通じて、心を通わせ合うところが醍醐味です。

(授業で行ったワークショップの様子)

Q. 体験した学生の様子は、どうでしたか?

安川さん 手応えは、大きかったです。授業の一環として社会デザイン学環の1年生の学生さんに体験していただいたのですが、4月に入学したときに出会ってまだ2〜3ヶ月しかたっていないのに「(相手が)本当にそういうことを思っていたのがわかった」という感想をもらえたのが、嬉しかったです。

驚いたのが、参加した学生さんのクリエイティビティの高さです。「音楽が好きで、売れているものに逆張りしてしまう」という相手の話から、「亀のトゲトゲがなくなって丸くなったら仲良くなった」という絵本を作って渡した学生さんもいました。実は2回実施していて、1回目は照れからか雑談で終わることもあったのですが、2回目は「短い時間に聞かなくては」と、真剣さが変わっていました。

相手が言っていないことを汲み取るので、コミュニケーションの学びにもなると思います。

高木課長 ファシリテーターが「言葉の裏にある本当の気持ちを探ってみましょう」と後押ししてくれるんです。表面的な言葉がすべてじゃない——それはまさにデザイン思考を学ぶ体験で、絵本の持つ寛容さや温かさとは、本当に親和性が高かったです。

(「絵本のまち板橋」ならではの区役所内にある絵本コーナー)

人の痛みがわかる、寛容なまちへ

Q. 社会デザイン学環で学ぶ学生には、何を大切にしてほしいですか?

安川さん 今の「その人らしさ」を、大切にし続けてほしいと思います。

社会デザイン学環の学生さんは、自然体でその人らしい方が多い印象です。社会人になると、自分らしさを失いそうになるタイミングが来るかもしれない。それでも、その人らしくいてほしい。一方で、社会は「その人だけ」ではありません。いろんな目的を持つ人の話を聞いて、調整して、前に進んでいく。そのためのコミュニケーション能力や、創造する力、分析する力、プロセスを組み立てる力は、社会デザイン学環で学んでいけると思います。

Q. 絵本やデザインの力で、板橋はこれからどう変わっていくのでしょう?

高木課長 みんなで一緒につくるまちに、変わっていってほしいですね。住民、教育機関、企業、医療・福祉——多様な主体の創造性が発揮されて、皆でまちを作り上げていく。その中で、誇りを胸にまちづくりに関わっていきたいという「シビックプライド」が育っていけばと思います。

絵本は誰もが通ってきたもので、人と人とをつなぐ力があります。ワークショップでも最初に「どんな絵本が好きですか?」と話すのですが、みなさん、好きな絵本を話してくださるんです。誰でも、好きな絵本があるんですね。

つながりが希薄化している今、絵本やデザインには、思いやりを持って温かく結びつける「寄り添う力」があると思います。世代や言語、障がいの有無など、いろんな違いを超えて、つながりを生み出していくと期待しています。

Q. 最後に、これから大切にしていきたいことを教えてください。

高木課長 私は、「デザイン思考」を大切にしていきたいです。相手のニーズや思いを把握し、その奥にある本当の課題を見極め、解決策を試して、改善していく。

大事なのは、本当の課題を見極めることと、困難に思えてもまず試してみること。多くの方々と一緒に課題解決を重ねて、誰もが幸せや成長を実感できるまちをつくれたらいい。そういうまちに、自分も住みたいですね。

安川さん 「地に足のついたまち」にしていきたい、と思っています。創造都市やSDGsのような大きな概念は「形だけではないか」と思われがちです。だからこそ、どんなに小さくても、本当に実のあるものにしたいと思っています。そして、絵本のまち板橋らしく、一人ひとりに寄り添い、人の痛みがわかる、寛容なまちになっていったらいいなと思います。

※本記事の内容およびプロフィールは、取材当時(2026年7月)のものです。